Jazz Pianist
Bremen 2017
Texts and Photos by Takeshi Asai
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ブレーメンの音楽隊とブレーメンの音楽祭 (その1) |
4月末、仕事でドイツのブレーメンに出かけた。音楽家の仕事は演奏ばかりではない。時には、ビジネスマンのキャップをかぶってコンファレンスに行くこともある。というので、今回は音楽業界に携わるプロたちがヨーロッパを中心に世界から集まるこのブレーメンのコンファレンスにレーベルを代表して参加することになった。 フランスには毎年のように出かけて演奏活動をしているが、ドイツは昔観光で南の方をほんの数日回っただけの初心者である。しかも北ドイツは初めてだ。私のポリシーとして行く先々の言葉は挨拶と自己紹介くらいできるようにしてから出かけるのだが、ドイツは経験上、世界で一番英語に強い人々なので申し訳ないが今回はスキップさせてもらった。 ブレーメンは名前の割には小さい街で、空港を出ると、目の前にあるトラムがたったの18分で街に連れて行ってくれる。駅を降りて3分も歩くとホテルがあった。この便利さには、普段何事も大掛かりなニューヨークで暮らしている自分は感動してしまう。 すこぶる寒い。4月末というのに気温は真冬並みだ。空港についたら真っ先に、まさかのために持ってきたセーターと毛糸の帽子と手袋をトランクケースから引っ張り出した。 相変わらずヨーロッパへのフライトは、徹夜明けの早朝に着く。ずっと起きているのは結構辛い。ホテルについても時間が早すぎてチェックインをさせてもらえないので、仕方なく眠い目をこすりながら街に出た。いかにもドイツ的な巨大なレンガのビル、Hauptbahnhof(ハフバンホフ)が見える。駅だ。フランス語でgareであるが、なぜにドイツ語はこういうイカツイ言葉になるのであろう。寒いので暖を取りたくて駅の構内にあるフレンチカフェに入ってカフェオレを飲んだ。フランス人の友人が、ドイツ人はフランス人をバカにすると嘆いていたが、このカフェを見る限りそれは嘘だと思う。 チェックインをしたら、怒涛のように眠気に襲われてそのまま3時間ほど爆睡。目が覚めたら夕方だった。一人で街まで散歩して、有名なブレーメンの音楽隊の像を探す。そう、ブレーメンはグリム童話に出てくる「ブレーメンの音楽隊」の舞台なのだ。人間に散々働かせられて歳で厄介者になった動物たちが逃げ出してみんなで音楽隊を作る話である。 1490年からあるというこの市役所の建物の横に、ロバ、犬、猫、ニワトリが直列して並ぶ像はすぐに見つかった。動物たちを見ているとそのコミカルさに笑えてしまう。この銅像のロバの前足を撫でながら願い事をすると願いが叶うと信じられており、多くの人が触れるため光り輝いている。ちなみに、市役所のことをここではラットハウス(rathaus)という。昔、ボストンにラットハウスというナイトクラブがあり、店内が目の赤いネズミで覆われていた。一緒に行ったドイツ人の友達が、これは誤訳だと叫んでいた。 ヨーロッパの街には必ず広場がある。その広場に二本の巨大な塔をもつブレーメン大聖堂と立派な正面をもつラットハウスが並ぶ姿は圧巻で歴史を感じさせる。市電が歴史的な広場の真ん中を柵も何も無い所を平気で走って行く。よく事故が起こらないものだ。が、その姿は絵になる。 途中で名物ブラットワースト(Bratwurst)と呼ばれるソーセージを売るスタンドがあった。これは見た目も面白い。早速たのんでみた。焼いたばかりのソーセージを丸いパンに挟んで、自分でマスタードをつけて食べる。皮の香ばしさがたまらない。非常に気に入ったので、隣のスタンドでもう一本食べてしまった。 アムステルダムからわざわざ車で来てくれた私のオランダ人のマネージャーがドイツ料理店に連れて行ってくれた。その名もエーデルワイス。ウェーターもウェートレスも赤と白のチェックの民族衣装。ドイツ気分は大いに高くなる。北ドイツにあって南ドイツの料理らしいが、シュニッチェルは共通のようで、早速注文してみた。足のひらよりも大きいトンカツが大量のフレンチフライに乗っている。ただ、正直言うと味が大雑把で、おたふくソースが欲しくなる(笑)。量がすこぶる多い。さすがの私でも食べきれなくて、ホテルに持ち帰って時差で寝られない時に夜食にさせてもらった。みんなアメリカに住んでたのって聞きたいくらい見事に英語を喋る。そして真面目で律儀だ。気に入った。仕事さぼって観光してやろう! (続く) |
ブレーメンの音楽隊とブレーメンの音楽祭 (その2) |
コンファレンス最終日は、通常どこも早く閉まって皆家路に急ぐものである。そういうところに出かけて行って話をしてもしょうがない、と私のマネージャーが言うので、最終日は勝手にオフにして観光に出かけることにした。相変わらず寒いが、天気はすこぶる良い。桜がちょうど咲く頃なので、日本でいう三月末というところか。 私は無類のヨーロッパ城オタクである。ヨーロッパに出かけるたびにツアーの前後、いや途中のオフ日にでも城巡りに出かける。今回も抜け目なく見つけたブレーメン郊外の城に出かけることにした。ここでは城のことをシュロス(Schloss)という。ブレーメンの駅から電車で20分足らずの郊外にあるショーネベック城(Schloss Schönebeck)である。 ドイツの駅には必ずDB(デーベー)と書いてある。ドイツ鉄道(Deutsche Bahn)ドイチェ・バーンの略称である。時間に正確なことで知られていて、昔ドイツ語のできる友人が駅で電車を待っていると、「電車が雪のため3分遅れます」というアナウンスに、乗客がため息をついたそうである。そういえば、まだインターネットが普及する前にドイツを旅行していたら、必ず駅のホームに端末があって、簡単な操作でヨーロッパ全ての駅を網羅した鉄道ルートを目の前で作ってプリントアウトしてくれた。一緒に旅行していたイギリス人がドイツからイギリスの自宅までの経路を印刷して、「見ろよこれ。そのうちにこの国はヨーロッパを制覇するぞ。」と私に笑ってくれた。制覇したかはわからないが、現在ドイツはヨーロッパ一番の経済指標を誇り、イギリス人よりも短い労働時間でイギリスよりも高いGDPを上げている。キャメロン首相が国民にもう少しドイツ人を見習おうと言っているビデオを最近見た。 さて、知っているドイツ語はダンケシェンとグーテンモルゲンの私には、切符の買い方はあまりにも複雑なので、駅員や周りに人に助けてもらってなんとか電車に乗る。面白いもので、ここはエコ先進国だけあって、多くの人が自転車を持って電車に乗り、電車も自転車搭載車両がたくさんある自転車天国なのだ。 駅を降りて15分歩くと、森の中に小さいレンガ造りの建物が見えてきた。これを「城」と訳して良いのかな。「館」の方がふさわしいだろう。切符を買って中に入ると博物館になっている。4月末でもこれだから冬は相当寒いのだろう。各部屋には大きなストーブがある。ドイツ製の古いピアノもある。ゲーテにもゆかりのあるこの館の主人は、捕鯨や工場の運営をしていたようだ。その割には、非常に小さな建物と質素な暮らしぶりで、これくらいならニューヨークのビジネスマンの方がよっぽど大きな家に住んでいると思われるのだが、黙って見学した。でも城を取り巻く川と森は美しい。ゲーテもここを散歩したのだろうか。 フランスの城見学は一つだいたい2-3時間かかるが、ここは庭を入れても45分で終わってしまった。ちょっとがっかりしつつ、でも綺麗な景色に感謝して再びブレーメンに戻る。陽のあるうちにもう一度あのブレーメンの音楽隊を見なければ。というので、再びラットハウスとブレーメン大聖堂のある広場へ。相変わらず寒いが、日曜日というので多くの人が出て楽しげである。ストリートミュージシャンがドイツのワルツを演奏している。ちょうど6時になり、ブレーメン大聖堂の鐘がなった。ドイツを象徴するような低いうねりが石畳の広場にこだまする。5分以上はあるような長い鐘の音にストリートミュージシャンも手を止める。これぞヨーロッパ、これぞドイツである。 そのまま歩き続けて川まで出てみた。川べりの石の階段にたくさんの人が集い楽しげだ。気温が低いので、眩しい陽の光が顔に心地よい。しばらく座って行き交う人々を眺めていた。 ドイツは良い。フランスの優雅さはないが、どこかすごく安心させてくれる。今度来たら、隣町のハンブルグに是非行こう。そこには私がサポートをしてもらっているスタインウェイ・ピアノのハンブルグ本社がある。世界最高と称されるスタインウェイピアノにはハンブルグ製とNY製がある。偶然にも出かける直前に、NYのスタインウェイ・ホールで両方を二台並べて弾かせていただくという栄誉に預かった。昨年いくつかでノミネートしていただいたソロアルバムはNYにいながらハンブルグ製を弾いている。その名器が作られた街に行かない手はない。来年も来なければ、そう思いながらホテルに引き上げた。短くも本当に素晴らしいブレーメンの旅であった。 (おわり) |
Camera: Canon 6D and SL1
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