プロジェクト・マネージャ 浅井岳史の「スタンフォード便り」
Vol.2 ニューイングランド・ペイトリオット
先日マイクロソフトのお膝元シアトルで行われたローカリゼーションのカンファレンスに出席した際のこと、話題が翻訳スタイルガイドの作成に及び、私が出席者の中で唯一の日本人ということで、なぜ日本語のスタイルガイドだけがそんなに分厚いのかということを参加者全員に解説する機会がありました。私は日本語というのは特殊な決め事をたくさん必要とする言語で、例えば一つの英語を訳すにも漢字を使った和訳とカタカナを使った音訳、それも製品によっては全角と半角を使い分け、状況によっては英語をそのまま使用する場合もある云々と説明して、満場のため息を勝ち取りました。確かにハイペリオンに限らずソフトウェアは、ほぼすべて英語を基にアメリカで開発されるために、現在のプログラミング環境では言語構造がまるで違う日本語に訳すローカリゼーションとなるとどうしてもヨーロッパ言語にはない特殊処理を必要とします。私の仕事の一つが、まさにその特殊な日本語をいかに処理するかで、日本語スタイルガイドを作成し、翻訳用語をデータベースで管理し、プロの翻訳者たちと意見を交換しハイペリオンのスタイルを決定し、日本語製品の品質と整合性を上げる努力をしています。それは時として重箱の隅をつつくような作業になりますが、はたしてその苦労のどれだけがアメリカの開発者たちに理解してもらえるのか疑問になる時があります。英語を一生懸命勉強しなければ高校にも行けない日本人からは驚きなのですが、アメリカでは外国語を全く勉強しなくても大学に行けます。それでもこの国はコンピュータを発明し、多くのソフトウェアを開発する先進国で、これも開発する側の強みかと今更ながらこの国をうらやましく思いました。
さて、私のオフィスのあるここコネティカット州スタンフォードは文化圏ではニューヨークですが、地理的にはカナダの国境まで延々と続くニューイングランドの入り口でもあります。アメリカ発祥の地でもあるこの地方は、その気候の厳しさと景観の美しさで知られ、美しい森や湖、歴史を感じさせる街や建物、そして私の大好きな静かな海岸が続きます。毎年十月になると私はその紅葉を観に行くのが常で、今年も車を駆って三日間かけてモントリオールとの国境まで旅してきました。色づいた木々が青い空に映え、石造りの美しい街がひっそりと森のあいだに点在して、それはため息が出るくらい美しい景色でした。そのどこまでも続く農場を眺めながらふと私は、アメリカがソフトウェアの開発で世界をリードすると同時に世界最大の農業国であるという事実を実感し、この国の懐の大きさに大いなる畏敬の念を感じざるを得ませんでした。
そんなことが重なった最近、ふと日本で開発されたソフトウェアを英語に翻訳してアメリカに売り込むという逆があっても良いのではないかと考えてしまいました。日本にもTQCとか、Pokayoke System とか世界の模範となるアイデアがたくさんあるし、そういう日本の隠れた品質管理のノウハウ等を基にソフトウェアを開発して英語にローカライズすればそれは日本人冥利に尽きるとか。手前味噌ですが、ハイペリオン製品は素晴らしいと思います。このいわば“先進国”で開発されたソフトウェアは非常にアメリカらしく合理的かつ実利的で、日本のお客様にもパフォーマンス分析に意思決定に強力なツールとなると確信しています。私の仕事はそれをいかに高品質の日本語製品にローカライズするかという重要な仕事なのですが、いつか「アメリカを日本に」だけではなく「日本をアメリカに」という仕事もしてみたいなどと意気込んでしまいました。この美しいニューイングランドで少々愛国的になっている今日この頃です。
「スタンフォード便り」として、2002年12月、ハイペリオン日本法人の季刊誌「View」に掲載