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【新曲】 July 31「July 31」というソロピアノ曲を作りました。「作った」と言っても事前に作曲したのは最初の8小節だけで後はすべて即興演奏です。 私が尊敬するピアニスト、ビル・エバンスがかつてジャズを日本の水墨画に例えました。「何もない紙にその場で絵を描く。やり直しはできない。 迷いはすべて筆の勢いにそのまま現れる。」この夏がんばって自宅にハードディスク・レコーディングのシステムを作りました。ピアノにセットした マイクからコンピュータに直接録音することができてその場でネットで発信できるMP3ファイルが作れます。すばらしい!ということで第一号作品はこの曲です。ちょうどミックスダウンが終わったら雨が降ってきました。庭の植物たちと同じように私もしっとりといい気分になりました。 下のリンクをクリックするとMP3がストリーミングで配信されます。お楽しみください。 |
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【フォトジャーナル】 自転車で渡るブルックリン橋とチャイナタウンの飲茶 (写真をクリックするとフォトアルバムが開きます)![]() 7月31日土曜日、かねてより計画していたブルックリン橋自転車横断を実行しました。数あるニューヨークの橋の中で私はこの ブルックリン橋が一番好きです。マンハッタンとブルックリンを結ぶ全長1.8キロの石造りのこの橋は、その歴史と壮大さでずっとニューヨークの象徴となってきました。 私も子供のころからテレビで見ていてニューヨークといえばこの橋の姿を思い浮かべていたものでした。1870年1月の着工され、1883年に5月に開通した当時は通行料は3セントだったそうです。今は無料ですが。 マンハッタン側の歩行者と自転車が渡る入り口は、三日前に銃撃事件が起きたばかりのニューヨーク市役所のすぐ脇にあり、チャイナタウンとも 接しています。渡る前に大きな音で中国の二胡の演奏が聞こえてきたので早速行ってみると広場で中国人たちがお好み演芸会をやっていました。 二胡を弾くおじさんの後に子供たちが星条旗模様の手ぬぐいを持って踊ったり、なにやら中国人たちは楽しそうでした。 隙間から下に時より水面が見える木製の通路をゆっくりと登っていくと壮大な眺めが目の前に現れてきます。橋のちょうど真ん中くらいで後ろを振り返ると ちょうどマンハッタンの摩天楼が左手に見えます。一昨年の9月11日、ワールド・トレード・センターが襲撃された直後にほこりまみれになった人々が 着の身着のままでこの橋を歩いて渡りました。この写真の石造りの塔の左側には本来二つのタワーがそびえたっていたものでした。 あらためてワールド・トレード・センターを失ったニューヨークっ子たちの気持ちがわかる気がしました。 ゆっくりと橋を渡り終えると、そこは1630年台からオランダ人たちが入植して作られた街ブルックリンです。レンガ造りの建物のはるか高いところに 橋が見える姿は圧巻です。橋の袂にはマンハッタンの摩天楼が一番良く見えることで有名な広場があり、案の定誰かが結婚式を挙げていました。日本の皇太子もかつて食事をしたという有名なレストラン The River Cafe とエンパイアステートビルが重なって見えました。早速アイスクリーム屋に入ると窓からも雄大な橋を眺めることができました。そこからイエローキャブの水上版、ウォータータクシーでマンハッタンに渡ることもできますが、私たちはまた自転車で橋を渡り中華街まで戻っていきました。 アメリカには歴史が無いとよく言われます。確かに東大寺大仏殿ほどの長い歴史はありませんが、日本の明治時代にこのブルックリン橋を作り渡った 人々の努力には心から敬服し、その歴史には感動します。海を越えて"新大陸"に渡ってきても自分たちのアイデンティティーを守り続ける中国人と、荘厳なニューヨークの市役所、そして壮大なイーストリバーにかかるこの古い橋、ニューヨークは本当に面白いところです。 忘れてはいけないのが、チャイナタウンの飲茶です。ぷりぷりのエビが沢山入ったシュウマイやらアサリの煮物やら4人でたらふく食べて35ドル。 世界中どこ探してもこれだけの安さでこれだけのおいしいものを出すレストランは無いでしょう。デザートの杏仁豆腐も今まで食べたもどこのよりも美味しく最高でした。喜運来大酒楼 (Hee Win Lai Restaurant, 28 Pell Street, New York, NY 10013)、お勧めです。 |
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【お知らせ】浅井岳史のウェブサイトに次のページを新設しました。 まだご覧になっていない方は是非行ってみてください。次回のニュースレターは秋に配信したいと思います。乞ご期待! |